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2010年2月25日バンコクから11時間の夜行バスに乗りチェンマイの隣県パヤオ(ラオスに隣接)に行った。
訪問の目的は、昨年1年間でこのNPOの会費やパティー等で集めた募金10万バーツを届けるためである。
パヤオ市のバスターミナルに着いたのは朝6時ごろ、朝靄の中肌寒い爽やかな空気の中、暫く待っていると、今回の訪問目的の養護施設パックピンチャイ(PPJ)の所長Mr Samart(44歳独身) が4人乗りトラックに乗って迎えにきた。トラックに同乗して約1時間でドークカムタイ郡のその小さな村に着いた。
Mr Samart はこの村の出身で教育はチェンマイで受けた。勤勉で努力家な彼は奨学金で国立チェンマイ大学また同大学院を卒業している。専攻は社会学だそうだ。―なるほど、だからこの様な事業を、とうなずいた。
PPJについて早速シャワーを浴び、おいしい野菜と鶏煮の朝食をいただいた後、早々に施設の年長者と女性事務員の引率で村の散策をした。その時、事務所の前にIICのウエルカムボードを見つけた。赤い布に白文字だ。子供たちが事務員の指導で遊び時間を削って作成したそうだ。なんだか申し訳ないような気がした。
この村は約600戸からなり、大きな雑貨屋1つ、個人の雑貨屋2、3あった。もちろん自動販売機などはないし、食堂もない。乾季でこの時期は収穫作物がないので、どの家も暇そうにしていた。多くの家は木造の高床で、寝泊りは二階で一階は土間の様になっている。どの家も決まって鶏と犬を飼っている。特産物はニンニクで他にはない。村の様子は長閑かではあるが、何かやる気というか活気というか目的というかそんなもの伝わってこない。
ここは、タイ国では最貧困指定エリアであり、エイズ患者を多く出している。それぞれの家庭にはそれぞれの問題を抱えているせいかとフト思った。
散策の途中、小学校を訪問した。教室は12部屋ぐらいあった。1クラス約20人で、私は1・2・3年生の担当先生の許可を得て参観した。算数と国語を勉強していた。以前、当会のスタディーツアーでここを訪問した女性参加者は2時間も授業をしたと聞いている。私もと思ったが子供たち受けがあまりよくなかったのか、お声がかからなかった。本日の学童の服は民族衣装に似たてたユニフォームを着ている。普段は自由だが週に1日はこれを着させて、愛郷心を育むようだ。
タイ国では概ね先生は尊敬に値する聖職であり、どの子も先生の前ではいい子である。先生も聖職を自覚しそれらしく振舞い
親身に学童の世話をする。木造の校舎にノスタルジアを感じていると、チャイムがなり給食の時間、それぞれの学童が体育館のような舎に集まりアルマイト食器に盛り付けをしてもらい、タイ語で何やら合唱挨拶をして、にぎやかに楽しそうにタイカレーの昼食が始まった。
すでに、陽は高く気温も上がってきている。朝の爽やかな空気はもうない。帰路は暑いが、時に木々の間を通り過ぎて吹く風は大地の匂いがして気持ち良い。施設にかえりシャワーを浴びMr.Samart と同行した武島さん(チェンマイ大学に交換留学生として勉学中、PPJの建設ボランティアに参加)と昼食をしながら会談をした。